今を生きる

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わたしにとって、

偉人も一般人も、子供も先生も

ミュージシャンも、映画監督も

宗教も、哲学も


 

絶対的な存在はありません

限りなくそういう人はいます

 

 

100%がありえないのは

すべてが変化しているからで

 


そんなことはありえないと

思っています

 


自分も、信じるけど、疑うし

 


変化のスピードが

凄まじい世界に生きてる気がします

 


価値観が変化していくことこそ

人生なのかもしれません

 


今この瞬間を感じること

 


わたしは、引き寄せを信じています

たぶん、John  Lennonは

それを知っていたと思うのです。

 


それに気づいてから、あらゆる場面で

〝imagine〟引用してきました。



それが、最近、今までにない

違和感を感じた。

〝imagine〟の世界観を押し通すより



その変化を嗅ぎとることが

わたしにとっては、大事なんです。

 


たぶん、その時感じたものは

〝imagine〟の歌詞にある世界観では、



カバーできない、拭えない、

「不安や恐怖 」が

増しているのかもしれないと感じたこと

 


その後、スピリチュアルをセンスという

言葉に置き換えて、日記を書きました。 

 

 

〝夢と狂気の王国〟という

スタジオジブリのドキュメンタリー映画

の中の、宮崎 駿の言葉を引用しました。


http://jco.hateblo.jp/entry/2017/04/14/103649



たぶん、それをスピリチュアルと

定義することは重要ではなく

 


スピリチュアルを信じられない人に

その感覚に気づいてほしいんです。

 


そして、これって誰でも

持ってるよねって言いたかった

些細なことだけど



わたしは、あの映画を観て

あぁ…この人はこうやって、

今を感じ取ってるんだなと感動しました。



そして、その感覚は

自分の感覚とも

近い気がして嬉しかったし

 


わたしに足りない自己管理力を見て、

身が引き締まったし、

 


わたしも、わたしなりに

整えていけたらいいなと思いました。

 


宮崎 駿は自分の考え、感覚を

信じていながらも、疑っている

自問自答がハッキリと見てとれたし、

 


変化を感じ、受け入れようと

その時間を保ち続けている


  

宮崎 駿の持つ矛盾、闇、孤独や

完璧主義、理想主義の周りへの影響

 


映画の中の、映像や、音楽や、猫や

セリフで埋め尽くさない「間」があって


 

メッセージを余白として残している

素晴らしい映画です。



そして、子供の頃から、

この年になっても、たくさんの影響を

与えてくれる存在に出会えたことが

嬉しかった

 


子供の頃より、息子ができてから

今が1番、ジブリ作品を見ている

 


近年の作品はどんどん、

そのメッセージがわかりづらくなってる 



でも、宮崎 駿も始めからわかってて

作ってるわけじゃないんだ



今を感じ、形にする 

ああでもない、こうでもない 



疑ってかかる、でもなく、

何があっても、信じ抜く、

でもなくて

 


信じていたけれど、

なんか違うかも…を許せる部分

  


疑っていたけど、

信じてみように変われる部分 

 


ヒラメキや違和感を感じれば

アップデートさせるだけでいい

 


自分の好きを選ぶ以外、

方法なんてあるのでしょうか?


(この記事は、2017.4.16に書いたものです。

まちがって複数のブログを

開いていたので、1つにまとめました)


 

tabooo

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3.11の後

サヴァイバルや自給自足のヒントが

ほしくて、 



自然食のカフェに

外国人活動家の

講演会に話を聞きに行きました


 


畑で採れた無農薬の

野菜を食べてます

土に触れなさい

トイレは手作りしました


 


流暢な日本語でスライドショーに

写真を映し、丁寧に解説を加え

説明してくれる

 


愛と平和に満ちた暮らし

限りなく資本主義に頼らない

限りなく自給自足に近い暮らし


 

だけど、その内容の

ほとんどは忘れてしまった

 


そして、

わたしに最も印象に残ってる

場面というか、

その時の空気感があって



彼女が話し終わり、歌を歌い

質問コーナーになって

次々にみんなが質問をし



「これで最後の質問にします」

 


一人で参加したわたしも

勇気を出して手を挙げてみた

 



わたしが聞いたのは、

完結に言えば、



「どうしても、どうしても

かかってしまうお金は

どうしてるんですか?」

  


わたしは決して意地悪で

聞いたんじゃなくて、



純粋にそれが

一番知りたかっただけ…

 


生活の知恵を出して

工夫して暮らしているのはよくわかった 



だけど、それでもかかって

しまうお金はどうしてるのだろう?

  


自給自足を想像してみた時に、

いつもぶつかる壁は

そこだったから 

 


わたしの大よその予想では、

彼女は本も出しているらしいし

この講演会だってギャラはあるだろう

 


そういうことを話して

くれるのかなと思った

 


だけど、わたしがその質問を

口にした瞬間、場が凍りついた…

  


彼女がとても動揺し、

私を警戒してるようにさえ思えた




そして、彼女は私に

「街を出なさい」と言った

 



え〜〜〜!!!

そして、ガーン((((;゚Д゚)))))))

だった。。

 


だって、彼女が話すその場所は

そのカフェは、大都会、東京!の

それも恵比寿だよ!

 


そのカフェの素敵なオーナーは

都会にオアシスを守るように

頑張ってるのに…

 


当時はわたしも都会で暮らしてて

サヴァイブしていく為の

ヒントがほしかった

 


彼女はそこが日本の都会で

あることはよくわかってる 

 


それなのに、その答えは

用意してなかったんだ…

 


完全にタブーだった…

NGワードだった…

 

 

でも、わたしには

悪意なんてなかったし

 


おかしな空気にしてしまったことに

私の方が狼狽えてしまった 




質問コーナーが終わって、

みんなでご飯を食べましょうと 



席を移動した時に

立ち尽くすわたしの所に

 


数人が、一人ずつ、こっそりと、

声をかけてくれた

 


「本当にそこですよね…」

「わたしもそれが気になってました」

確かそんな言葉だった

 


日本はタブーや

NGワードが多すぎる

 


それについて、公的な場で

議論してはいけないという

暗黙のルール

 


今タブーになりつつあるのは

◯◯論に スピリチュアル 

 


◯◯論 vs スピリチュアル

スーパーエリート vs  ◯◯論

スピリチュアル vs スーパーエリート

団塊の世代 vs ◯◯論

敢行農業 vs 自然農法

独身 vs 既婚&子持ち (違う?いや違わない)

 



宗教、野球、あとなんだっけ?

 


ずっとそのルールに従ってたし

わかるけど、、

 



でも、それってなんで!?

日本はそれが多すぎると思う!

 


インドなんか、日常口にするワードに

スピリチュアルが多すぎて

話さない方がマイノリティーだし

 


アメリカのアカデミー女優だって

スピ系アレルギーな人が聞いたら

 


アナフィラキシーショックでも

起こしそうな本出してる

 


ていうか、みんなが大好きな

マイケルだって、ボブだって…



これが、「謎の下から目線」じゃないの?

 



だって「ここ日本だし」とか、

この期に及んでなしだよね

 


それを、話すことができなくて



サヴァイバルとか

愛とか平和とか

どうやってそこに向かうの?

どうやって戦争はなくなるの?

 


そうやって敵対する

その心に潜むものはなんだ? 

 


それをダメだと言う

心の奥底に潜むものはなんだ?

 


わたしは結局、感情論だと思う

 


John Lennonの〝imagine〟

 


一昨日かな…?

Facebookに日記を書いた時、

一緒に動画も載せた



なんでだろう…

心がモヤモヤした

今までにない違和感が残った

 


これまで何度もシェアしたり

歌詞を引用してきたけど

こんなことは初めてだった

 

 

自分が不安なのかもしれない

だけど、それだけじゃない

前は、みんなが、大げさだなって

言ってる気がした

 


今は、そんなの説得力がない!

そんなんで不安は消えない!

と言ってる気がする

 


いくらそれを知ってもムリ

嫌なものは嫌!

それはわたしにもまだあるけど

 

 

だいたい何かに強く反発したり

腹を立てている時は 

 


その対象を

よく知らないことが多くて

 

  

結果をすぐに求め

白黒ハッキリさせる

二元論で片付ける

 


自分と違う立場の人間を

拒否しつづける限り

これは終わらない

 


そうじゃなくて、

一度まっさらな所から

ゼロからスタートして



どうしてそれが嫌なのか

一度、自分のドロドロした

感情をのぞいてみたら

何かがわかるかもしれない

 


結果、好きにはなれないけど、

極力、関わりたくないけど

存在や発言の自由を認める



そういう覚悟なしに

世界平和なんてありえないと思う…


(この記事は、2017.4.15に書いたものです。

まちがって複数のブログを

開いていたので、1つにまとめました)


imagine

わたし、頑張ってない人なんて

いないと思うんです

 


頑張ってないっぽい人を

頭に思い浮かべて

 


もっと頑張れよ〜とか

身近な人に頑張れよ!とか

そんなこと思うことも

久しくなかったし、 

 

 

むしろみんな頑張りすぎ

みんな休もうよって

言ってきたし

 


あんまり真剣に考えてなかった

だけかもしれないんですけど、 


これって偽善でも

なんでもなくって

 


人生って、人それぞれに

それなりに厳しいというか、


 

それぞれに限界を試すように

課題を突きつけられてる

と思いました。

 


それはたぶん使命だと

思うんですけど、 


世の中には

一見、あんなやつのどこが?

って人もいるし、 


常識って、枠にハメれば

ダメ人間代表みたいな

人もいるけど、

 


人それぞれに魂を

持っていて、 


その魂は、その人にあった、

使命に挑戦するように

 


あらゆる試練を目の前に

引き起こしてくると思ってて

 


だから、それに向かうのも

それから逃げるのも

どっちも大変で 

 


たぶん、どっちが大変かって

わかんないけど、

 


逃げる方がツライんじゃないか

って思うんです

 


逃げるのがダメって

言ってるんじゃありません

 


わたしも散々逃げてきたし


例えば、本当はこうしたいって

気持ちがあるのに、 

環境的にできない時とか、


 

そしたら、そういう状況の時に

誰かに、あーしろとか、

こうした方がいいとか言われたり

 


そういうのって 

ありがたいこともあるけど

 


大体はやんなっちゃうし、 

誰も説教なんかされたくない

 


わたしは子どもの頃から

父親に説教されまくってたので、

結構平気なんですけど

 


問題なのは、

相手の話を聞かずして、

相手のことを知らずに…

 


ジェネレーションギャップ

って言葉があるけど、

 


この溝を埋めるのかなり難しくて

こちらを信用してもらう為には

相当な労力と時間がかかります。

 


そこに上下や、力関係を

常に持ち込まれたら

スタートにも立てない。

 


人の心は

こんなにもバラバラなのかって

思うんです。 

 


噛み合ってない…

みんな疲れてる

みんなイライラしてる

 


どちらかが聞き役になって

噛み合ってると錯覚するけど 

 


みんながそれぞれの本音を

ぶつけたら、

かなりバラバラなんだと思う

 


30年前には重宝されたものが

跡形も無くなって

 


10年前に欲しくて

仕方なかったものがゴミになって


3年前に世界を熱狂させた人が

今は忘れ去られて


去年の流行に誰も見向きもしない

  


そういうものの速度が

インターネットで180℃くらい変わって


変化の速度は

今や価値観や意識にも到達して、

 


これまでわたしたちを縛っていた

「常識」って曖昧なものに

満足してる人なんて誰もいなくて 


 


昨日ありがたかったものに

今日は見向きもしない

 


これって赤ちゃんには毎日おこる。

たくさんの刺激を受けて、

毎日違う顔を見せてくれる

 


それくらい、価値観を

揺すられるような現象が

世界中でおこってるように思えます。

少なくとも私には…


わたしの場合は、

さまよったり、手放したり、

確信したり!

 


人の意識に共通するのは

もはや漠然としたものだけ

 


不安、悲しい、ムカつく

楽しい、嬉しい、面白い、とか

 


そんなものだって

一時間も保てなかったり

 

 

同じ空間にいたって、

それすら共有してるのかもわからない

 


これまでの価値観や常識は

誰が作ったのか

それはただの暗黙のルールで 


わたしたちの人生に

なんの責任も保証もない


そんなつまらないものに

私たちは日本人は

どれだけ振り回されてきたんだ


 

この顔でこの体でこの頭で

送る人生って、これっきり 

 


この時代に生きるのもこれっきり

 


あの親とか、あのお兄ちゃんとか

お姉ちゃんとか、妹とか弟も

 


このメンバーで送る人生は

これっきりなのだよ!

 


目に見えるものだけ

信じてたらいいのか?

 


この国は狂ってるけど

まだそれは現実になってないから

絶望したり、諦めちゃダメだよね!?

  

 


諦めて、何もしないのは 

心に不安や恐怖を抱えてるから

一番それを引き寄せる

 


わたしたちはそれに慣れすぎて

すぐそっちに引っ張られるけど、 

 


それを踏み潰して、愛を取り戻して、

人を信じる為に行動するしかない 

それ以外に何がある?

 


方法もきっとバラバラだ!

 


愛って偽善じゃなくて!

スピリチュアルは現実だし! 

究極の精神の自立!

 


imagine は究極の引き寄せだよ。

この曲は戦争したい時には

かからなくなるんだよ

 

(この記事は、2017.4.15に書いたものです。

まちがって複数のブログを

開いていたので、1つにまとめました)


宮崎駿のセンス

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嫌いな人は読まなきゃいんだけど

嫌いな人にこそ伝えたい

 


最近日記でも、このことばかり

言ってるくせに

 


わたしは人に向かって

「スピリチュアル」と言う

自分に、まだ馴染めないんです

 

 

もっといい言葉ないかなって

考えてた時に、

「センス」かなって思いました

 


センスがいい…ってそれです。

感性、感じること

 


Sense

 

五感の意味。

転じて、美的感覚や感性のこと。

才能と似た意味


 

Six  Sence

視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚

を超えた、第六感



スピリチュアルはセンスだし、

感じること

live、生、生きること

そのものだと思ってます。



そういう意味で、

わたしの思うスピリチュアルとは

こういうこと…

 

********


僕は自分の土俵を 

 


毎日たわしで

マッサージをして

体操をして

 


シャワーを浴びてから

ゴミ拾いに出て

 


コーヒーを飲みに

行って…って

  


それから戻ってきて

飯を食うっていうね

 


その…なんと3時間ぐらい

かかるんですよ

  


もっとかかるかも

知れない…

 


それが僕の生活の 

基礎なんですよ

 


そこで見てる

範囲のもので

 


世界を

判断してるんですよ

  


ひひひ…

 


そこで、

その街が 様子が 

 


どんどん変わって

きたなとか

  


こいつは一体

どうしたんだろう

とかね

  


そういうのを

見てるんですよ

 


物価がどうなってん

だろうとか

  


肉眼だけですよ

 

 


 宮崎   駿

 

2013年 公開

「夢と狂気の王国」より 


(この記事は、2017.4.14に書いたものです。

まちがって複数のブログを

開いていたので、1つにまとめました)

本音と建て前とインド人🇮🇳

できるだけ…

客観的な視点を

持っていたいですけど

 


本音を話そうと思えば、

それを超えてしまいます… 

 


わたしが感じた

インドのことを書いてみます。

 


巷では、

「インドに行けば人生観が変わる」

というような話を聞きますが

 


それは正しいかもしれませんが

人生観が変わるのは

本当はどこにいてもできます。

 


日本という国は

特に、都会にいれば

 


ある意味

海外に行かずとも、

食べ物や衣類

物質的なものから

 


田舎であっても 

インターネットさえあれば

本を読めば、

映像も知識も

 


今は、かなりたくさんの

情報が手に入るわけで 

 


つまり、望めば

インド疑似体験は

ある程度できるし

 


逆に…

過剰な先入観とか

そういうものが

心に膜をはって

スキマが生まれずに

 


過度な期待と

お金を使って

 


つめつめで

観光地を巡って

ひたすら

安全な旅を選べば

 


日本とは違う何か 

匂いや、空気感の違いを

漠然と感じても

 


「人生観が変わる」

ほどのことは

起きない気がします

 


もうこれは、

インドに限った話

ではないですよね…

 


これから

起こることに対して

予備知識や、

恐怖や、期待が、

多ければ多いほど

 


奇跡を邪魔するとでも

言えばいいのかな…

 


仮にインドが

「価値観を壊してくれる」

として、

 


その理由として

たぶん、インドって

 


ある程度お金をかけたり、

情報がないと、

トラブルに

巻き込まれたりして、

 


ひたすら

安全な道を選ぶのが

難しいから…

かもしれません

 


今はどうか

知りませんが…

 


そして、

インド人の口ぐせが

物語ってますが

 


すべての起こる問題に対して、

no probrem!

と言えること!

 


時には、

こんな国、ウンザリ!

変わってほしい!と思って

いるかもしれないけど、

 


それでもno probrem!って

言える寛容さが

インドの魅力なのかも

しれません。 

 


だから、これまでずっと

安心だった日本人は

ヒヤヒヤするし

ハラハラするし

お腹壊すし…

 


それだけでも何かは

揺さぶられるというか…

 


バックパッカーたちの中には

自分の旅は

特別だという気持ちが

少なからずある気がします

 


インドに関しては

それはもう、癖のある人が

わんさかいる 

 


わたしもまだ独身の頃

インドに一人旅をしました。

 


でも、そういう話って

ただ聞かされるだけならば

インドに行っていなくても

前情報がたくさん入ってるので

 


よほどのぶっ飛んだ

話でもしなければ

聞かされても

全然、面白くない…

 


♬刺激に慣れ過ぎてから

ずいぶん経ってる…

 


インドの旅を思え返すと

ちょっと特別な体験をした

という気持ちは

わたしにも正直ありますが…

 


でもそれは決して

あなたより…

というのとも違うし

 


インドに行かなければ

わからない!なんて

言いたいわけじゃない

 


わたしの場合は

インドに行かなければ

わからなかった感覚で

 


日本では感じたことのない

感覚や印象を受けた!

それに尽きます

 


そして、

インドに行ったからこそ

日本に帰ってきて

感じた違和感…

 


というのも

わたしに与えた

影響としては

とても大きかったです

 


だから普段は

聞かれない限り

自分から話すことは

ほとんどありませんが

 


今だから…

わたしがどうして

最近おかしなことばかり

言うのか、 

 


わたしとしては

そこに繋がると思うので

書いてみます。

 


わたしは2010年に

インドに一人旅をしました

 


そして、偶然、

現地で出会ったインド人たちと

一ヶ月以上過ごしました

 


そこで生まれた

インド人のイメージは

めちゃくちゃ嘘つき

 


だけど、すごい素直!

まず、表情が素直!

 


目があっても

愛想笑いなんてしないし

びっくりするくらい真顔!

しかもガン見…

(ガン見とかもう言わない?)

 


笑いたい時に笑い

怒る時はすごい怒る

 


突然歌い出し

ハイになれば踊り出す

 


日中の熱い時期は

全然動かないし

ずっと喋ってる

 


自分の欲望に

正直すぎて

貪欲すぎて

それはもう引くくらい!

 


これはザックリした話です

当たり前ですが、

インド人の全体像

ではないと思います

 


法律上、

カーストは廃止され、

以前とは変わったようですが

 


とは言え、

くっきりハッキリ

残ってるようでした

 


△上から△

*バラモン

*クシャトリヤ

*ヴァイシャ

*シュードラ

 


4つに分かれるうちの

わたしが過ごしたのは

ヴァイシャと呼ばれる

第3の庶民階級の人たちです。 

 


本人たちに確認は

してませんが

理由は学校に行かずに

商いをしていたり

 


たぶん、その一つ上の

クシャトリヤ(もしくはバラモン?)

と思われる人に

お金をせびられている

場面に、一度だけ遭遇しました

 


たぶん、

わたしといたせいで…

 


ヴァイシャは庶民階級なので

私のような一般庶民と

立場的に近いと思います

 


そういう意味でも

違いがわかりやすいかと

思います

 


わたしはあれほど

いつも自己主張をし合ってる

集団は日本では

見たことがありません 

 


そもそもわたしは

カテゴライズが苦手なので

血液型の話も苦手…

 


つまり、

インド人が…

日本人が…

と大きく話をくくって

いい、悪いを決めたい

わけじゃありません。

 


きっと日本が

そうだったように

 


欧米化によって

成熟した文化とか宗教

思想とか精神を

破壊しようとする力や

インターネットの影響で

 


その境目で

はじけてしまってる

欲望やなんかが

引き起こしてる

 


もしくは仕組まれてる?

事件を最近はよく聞きます

 


わたしが行った

少し後くらいから

レイプ事件のニュースを

頻繁に聞くようになりました。

 


わたしの目にも

明らかだったのは

日本以上の男尊女卑で

 


そこに婚前の性行為を

禁じる宗教的な

問題があって

 


それに比べて

旅行者の自由な性生活や

 


インターネットや

食生活の変化が影響して…?

 


抑圧された心が

大きな反動を生んで

しまってるように思います 

 


わたしが貪欲だと

言ったのは、 

わたしもそれをまざまざと

感じたからです。

 


それとは、

sexに対しての

渇望…というか…

 


問題はあげれば

キリがないほどあるはずです

 


だけど、

日本も隠れていたけれど、

 


ここに来て、

欧米化なのか、反日なのか

もう、なんだか

よくわからないほど

ボロボロとメッキが剥がれてます

 


少なくとも

わたしがインドで

出会った子たちに

 


日本との差を感じ、

衝撃や感動を受けたのは

 


彼らがインド人であることに

誇りを持っていること

 


みんな自分の思うことは

ハッキリと言うし

 


心に神様を持っている…

そんな印象を受けました

 


わたしが驚いていると、

どうだ参ったか!

 


とでも言うように

This is India!!✨

 


このセリフは

何度も耳にしました

 


男の子が自分のことを

〝beautiful〟って言うのを

初めて見ました

 


でもほんと、美しかった…

 


わたしの思う特徴を

端的にあげると、

 


インド人

*自分の為に生きてます。

*相手に対して、

すぐバレる嘘をつくけど

自分の心に嘘はつかない 

*人目をあまり気にしない

 


日本人

*人の為に生き過ぎてます

*自分を抑えたり

最大限バレないように

嘘をつく

*自分の心にも嘘をつき

人目を気にしすぎる

 


どちらがいいかって

話ではなく

優劣つける話では

ありません。

 


なんで、

これを書いてるかは

ここに集約される

気がしますが

バランスの問題です

 


自分に嘘をつくことに

関しては、

わたしは日に日に

厄介だな〜

と思ってます。

 


こんがらがった

呪いだな〜

と思うのです。

 


それが生き過ぎてしまって、

鬱や自殺者が増え続けてる

 


人に合わせることは

その瞬間は楽です

 


わたしのモットーには

「嘘をつかない」

が長いことあったけど 

 


今も基本的に

嘘をつくくらいなら

*何も言わない

*話題をかえる

などで切り抜けますが

 


日本人の長所でも

あると思ってるので、

「優しい嘘」

を否定してません

 


そんなわたしにも

嘘をつかなきゃならない

ような場面は

ごくごく稀にあります。

 


そして、

自分に関しては

知らず知らずに

騙していることに

気づく場面があります

 


表層的なところでは

あんまりありませんが、

それはもうdeepな

精神世界の話になって

 


その境界線を

あんまりマジメに

深追いしてもキツいし

 


それはインド人だって

人間として生きてる以上

100%なんて

不可能だと思います

 


話を戻すと

自分の心に嘘をつくとは

 


この場合、

表層的な意識の

かなりハッキリと

した感情に対して…です

 


例えば、

飲み会に誘われて、

本当は全く行きたくないのに

行きたい😀✨と言ったり

 


そういうこと

日本人ならば

かなり多くの人が

普通にやってることだと

思いますけど、

 


そういう嘘を

つき続けることが

当たり前になり過ぎていて

 


そういう行動を

繰り返すことは

長い目で見たら、

 


のちのち

病気になったり

トラブルの種になり

問題がややこしくなる

気がします

 


外国人からも

この「本音と建前」が

ネガティヴな意味で

指摘されるのを

よく聞きますが

 


きっと昔は

平和や調和といった

日本人の穏やかさ

争いを避ける優しさとか、

 


もっとポジティブな

影響や意味の方が

勝ってた(まさってた)

と思うんです。

 


だけど、

戦後に欧米化が急速に進んで

高度経済成長やデジタル化も

大きな原因じゃないかと思います

 


そのギャップというか

「急速」とか、「急激」な変化が

問題だと思うんです

 


たぶん今のように

頻繁に「本音と建前」を

使う必要がなかったと

思うんです。

 


人の心にも

自分の心にも…

今ほど嘘をつく必要が

なかったと思うんです

 


そう思うのは、

欧米化されきった

80年代生まれの

わたしの記憶ですら

 


子供の頃感じた

日本と今とでは

明らかに違っていて

 


それを言葉にするのは

難しいけど、

 


テレビがそれを象徴していて

昔はもっと自由だったし

色んな人がもっと

色んなことを

話していて面白かった

 


学校の先生に叩かれたり

近所の人に怒られたり

それがいちいち問題に

ならなかった

 


昔はもっと、

じっくり丁寧に

もっと寛容に…できたことが 

 


スピードを求められ

記録やデータがすべて残り

 


自己主張が苦手で

議論を避ける日本人は

マニュアルに従わざるをえず、

 


曖昧さやグレーが淘汰されて

過剰なほど慎重で

ひたすら面倒なものが

選ばれてしまう

 


規則やマニュアルは

仕事を効率化して

誰でもできる為に

作られたはずなのに

 


規則やマニュアルに

私たちが縛られている

 


そういう、調和を

気にし過ぎるあまり

空気を読みすぎるあまり 

正確さを求めるあまり

間違いを許さないあまり

 


我慢や抑圧に

バランスが

傾すぎてしまった

 


その反動が起きてる

という印象です 

 


インドは、

自己主張を誰も止めない

というか、意見の相違で

ぶつかることは、当たり前で

 


そのこと自体が問題にならない 

個性や意見の違いを

ハッキリと口にすれば 

相手を批判することにも

繋がりますが、 

 


それが常なので、

それを皆が認めてるので

日本とは違った調和というか

カオスというか

 


だから、すごく疲れるけど 

楽なんです。

その疲れは、完全燃焼って

感じの疲れで

生きてる!って感じなんです 

 


わたしがインドに行ったのは

3.11の前だから

今ほど日本は問題が

泥沼化してなくて 

 


もうここまで来たら、

インドみたいに

はじけちゃおうよ!って

思ったりもします

 


だからある意味で

意識的な過渡期に

いるんでしょうね

  


わたしがしたいのは

化学反応かもしれません 

 


ザワザワさせて

それに慣れて

落ち着かせる

 


わたしの出会った

インド人の名言です

 


わたしが、

インド人はなんでそんなに

no probremって言うの?

と聞くと、

 


彼は少し考えてから

India is many many probrem…

so…,no probrem!

 


インドは問題がたくさんある

だから、ノープロブレムなんだよ!


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(この記事は、2017.3.29に書いたものです。

まちがって複数のブログを

開いていたので、まとめました)

スピリチュアル論

あくまで、

わたしの主観ですが


スピリチュアルに対する

日本人の態度は大きく⑤つに

分かれるように思います。


 

①完全否定する人


不機嫌、怒ってる、苦しそう

ムキになる、心を閉ざす

理詰めで攻め立てる


 

②知らない、よくわからない


忙しくて興味なし、

否定も、肯定もしない

どっちでもいい

それより…と話題を変える


  

③受け入れてる一般人


面白い、ワクワクする

ゾクゾクする、もっと知りたい

たまに悩む、距離を置く

たまに完全に忘れてる

  


④ライトワーカー Aパターン

(占い師さんやヒーラー

などお仕事にして成功してる人)


とにかく、シェア、シェア

講演会、本が大成功✨

発言も私生活もぶっ飛んでる

キラキラ✨キラキラ✨



⑤ライトワーカー Bパターン

(仕事にしているが、

それを自分の特権にしたい人)


スピリチュアル論の違う

人を潰しにかかる、ちょっとこわい

テレビによくいる


 

わたしは

①→②をくぐり

今は③受け入れてる一般人


だけど

④、⑤の気持ちもわかります。

 


昔はすごい嫌いだったんです

江原さんとか。笑

 


子どもの頃から

人の嘘に敏感でした

 


中学2年生の時、

友達が自由ヶ丘の占いに行くのを

ついてきてと頼まれて、

占い大嫌いだったけど、

 


好奇心の強いわたしは

自分は、占いを受けずに

 


少し離れた場所で

その占い師を観察し続け

ほとんど睨みつけ…笑

 


帰りには、

「あの人は胡散臭い」

などと言ってました。

やな奴…

 


初めから、

粗探ししようとしてたので

その自分の判断が

正しかったかどうかは

もうわからないけど、

 


最近わかったけれど

テーマがテーマだけに

受け入れてる人の中でも

多種多様で、

 


なかなか同業他者を

受け入れにくいのかもしれません

宗教論と一緒かもしれません

 


本業にしてる人の

持論というか哲学とか

勉強した知識があって、 



そこからズレた所で

好き勝手やられたら 

 


例えばそれで

騙したり、お金儲けしてる

ように見える人間がいたら、

ムカつきますよね。

 


自分と違う宗派を

受け入れにくいように…

 


わたしは③の一般人なので、

もう皆んなが熱く

なってくれるほど



色んな意見が聞けて面白いです 

わたしはそれを

いいとこどりさせてもらう✨

 


これまで、

こんなにたくさんの

その世界の方たちの

意見を聞いたことがなかったから

 


そして、自分におこる

それらのことが、

自分の人生を豊かに

してくれればいいんです。 

 


わたしは、

共感能力がちょっと強い

と思ってますが、



それで、

社会的信用を失って

ボコボコにされたり

嫌な思いをしてまで

 


わたしにはある!と言い張る

つもりはありません。 



でもこれ、

③のスタンスって

日本じゃなければ

結構ふつうだと思ってるので

 


これをみんなが、

目くじら立てたり

警戒せずに 

普通に話せる日が来れば

面白いのに…と思うんですけどね

 


(この記事は、2017.3.28に書いたものです。

まちがって複数のブログを

開いていたので、まとめました)

 

インスピレーション

情報とインスピレーション



インスピレーション

直感、ヒラメキの正体が

 


これまでの経験や

知識やDNAや

体験的な情報だけではなく

 


時空をこえた何かや

宇宙全体の意識の

今とつながって

ピン!とくるものだとしたら…? 

 


もしそうだとしたら?

それってすごいと思いませんか? 

 


わたしは最近

そう思っています。 



だから、かなり優秀な

情報ではないかと

思うんです…


 

強弱はあるにせよ

それはすべての人間に

おこり、備わっている

感覚なはずで



地震の前に

大移動したりする動物は

それで動いたりもしてるかも

しれません

 


わたしたちも動物です

ただ、ちょっと現代人は

その能力が弱ってるだけ 



色んな捉え方があるから

わたしなりの

まとめではあるけど、

  

 

要するに、

インスピレーションは

大人になれば 

ある程度、知識や経験

あってのことだし、

  


引き寄せでもある

(アレルギー起こさないで)

 


引き寄せは

魔法ではないし

オカルトでもありません

  


だから、

世間との関わりを一切断って 

山ごもりしたり

引きこもればいい

 


という話だけでは

ないと思ってます

 


でも、これだけ情報や

人にまみれて 

 


田舎であっても

テレビをずっとつけていれば

情報を浴びてるのと一緒だし

 


わたしたちは

自分の意識ではない

人から与えられたもの



常識や何かで

根詰まりを起こしてる

のかもしれません

 


そうした中で

すべてを一度 断つ時間

つまり、一人になる時間

 


ちなみに

山ごもりはしたことないけれど

瞑想はすべての人に

有効だと思います

   


スティーブ・ジョブズだって

レッチリだって

 


特に海外には

瞑想支持者多いです!



ていうかどちらかと言えば

東洋思想ですよね…

  


どこが最初!とか

そんな議論はしたくないし

どっちでもいんですけど、

 


瞑想について

いつか書いてみたいと

何度も書きかけていて


 


今日ブログを始めようと

思ったのと同時に

それもテーマにしたいと

思ったのです

 


わたしは、

icloudスティーブ・ジョブズ

瞑想をしていて思いついた

んじゃないかと思ってます 

 


ちなみに

スティーブ・ジョブズ

作ったかどうか知りませんし

調べてもいません

ごめんなさい😅

 

 

どちらにせよ、

瞑想とインスピレーションの

関係から発想を得て

(つまり瞑想中に

インスピレーションを得て)

創られたんじゃないかと

思ってます 



瞑想は

メンテナンスでもあるし

そういう意味では

情報の同期とも言えます

 


自分の脳内や

体の記憶やらを

OSとするならば 



宇宙はcloud

サーバ、倉庫でもあり


 

瞑想することによって

同期されるんです

 


でもストレージが

いっぱいならば

入ってこない

 


だから、

お腹がパンパン

情報もパンパン


 

いつも誰かといる 

いつも携帯を見てる

睡眠不足…

  


物理的に、というか

体の中、心の中

意識の隙間がなければ

情報は入りづらくなります 



これは経験上

まちがいありません

 


お腹いっぱいの時は

瞑想に集中できませんでした

 

 

当たり前のことを言いますが

隙間があるから

インスピレーションが

降りてくるんです



お酒を飲んでいても

インスピレーションは

降りるもしれないけど

たぶん忘れちゃう…



インスピレーションは

忙しければすぐ忘れるし

 


一回忘れたらそのまま

一生、

思い出せなかったりします

 


なんて、もったいない…!

だからメモリましょう!

 


だから、

携帯も触らず

携帯から離れて

頻繁に鳴る人は電源を切って

 


テレビもラジオも消して

ボーッとする時間を

持つことは

 


忙しいわたしたちが

意識的に、

その時間をとることは

 


貴重…というか

すごく実りある時間です

 


もし、そういう時間を

普段、持てていないとすれば 



その時間が

かなり多くのものを

与えてくれるはずです!

 


わたしたちは

この時間が奪われ

過ぎてると感じます

 


特に小さい子供のいる

お母さんは

その時間をつくることは

本当に難しい

  


わたしは一時

インスピレーションが

降りて?湧いて?

こなくなりました。


 

時間や何かに

追われていたら

降りてきません

 


本当はわざわざ

瞑想しなくたって

 


街中を歩いていたって

仕事中だって

降りてくるけど 

 


たぶん、

それは仕事中であっても

ふと、

仕事に集中してない瞬間で 

 


自分だけの意識に入った時

ボーッとしてしまった時

 


つまり…

無心のとき!に

 


やってくるのだと思います

その時に宇宙という

cloudに同期されるんです

  


でも、日常的に

ネガティヴな情報にふれ

ネガティヴな人と過ごし

体に毒をためていれば 



そのインスピレーションの

質は、ネガティヴになります

そこに繋がります

 


悲しいことに

宇宙にはネガティヴなことが

わんさかあります

 

 

ネガティヴな

暗く悲惨でつまらない

人生を過ごしたい人は

いないとして

  


そういう意味で

自分の現状はさておき

自分がどうなりたいか

 


何が好きで

何にワクワクするか

イメージすることは

 


楽しい妄想を広げることは

どんなに暗い

世の中であっても

 


自分がそうなりたいならば

そうするべきだと思ってます

 


もちろん

そうできる時と

そうでない時があるけど …



でも、もし…

それを味方に

つけることができたら

 


それを偶然と片付けずに

気のせいとやり過ごさずに

その声を無視せずに

その声に耳を傾けたなら



それが正しいか

そうでないかなんて

すぐにはわからないし

すぐにわかる時もあります



インスピレーションが

間違わない

なんて保証もありません 

  


でも、それも自分の

体調やマインドや

さっきあった出来事など

色々な影響があるんです

 

 

そしてそれが正しいか

どうかなんて

わからないのは

どこも一緒だし

 


自分がどうなりたいか

なんです✨



自分がどうなりたいかの

イメージが必要な

情報、インスピレーション

として引き寄せ

降りてくるんです!

 


それが、自分の中で

湧いてくるのなら

そんなに便利なものはなく

 


人のせいにしなくて

いいじゃないですか😊✨